ITバブル崩壊後の展開(2001年〜)


 2001年のいわゆる「ITバブル崩壊」により,それまで毎年倍増の勢いで成長を続けてきたインターネット広告市場(媒体費)の伸びも,「日本の広告費」によると,2001年は前年比124.6%(735億円),2002年は115.0%(845億円)に留まり,その成長に急ブレーキがかかった。広告主は,インターネット広告に対して,その投入費用対効果を明確にすることができるレスポンス効果を求める傾向が一層強まっていくこととなった。


 矢野経済研究所は2001年に「ネット広告市場は1000億台でシャンクする!?」と題するレポートを発行した。1999年,2000年のインターネット広告市場の実態を検証した上で,その巻頭言で以下のように述べている。

 「ネット広告の効用には『インプレッション効果(伝達機能)』と『レスポンス効果(誘引効果)』というふたつのアドバンテージが存在します。しかしながら,広告主サイドの広告効果指標は『レスポンス効果』1点に集中しております。そして『早い・安い・曖昧ではない』というロジックに発展しています。あくまでも既存の4マス広告に比較しての見解でございます。従いましてクリックレート0.3%の現状はおかしい〜広告効果が見えない,というフローに落ち着きます。〔中略〕ネット広告が第5のマスになるには『インプレッション効果』〜ブランディングの付加が必要とされます。既存の4マスがそうでありますように。広告主サイドもこの効用を理解することを熱望します」[20]


 関連業界の当時の意識としては,市場全体がレスポンス効果へと傾斜していくことに対して危機感を強めていたことと,インターネット広告はディスプレイ型広告としての機能を強化することによって,マスメディア広告と肩を並べ得るものとなる,と考えていたことが明確に表れており,興味深い。


 同じ2001年に日本広告主協会Web広告研究会は,インプレッション(認知)とレスポンス(誘導)は独立した効果であり,それぞれに影響を与える要因が異なり,かつ効果促進のための施策が異なる,とする研究結果を発表した。実証実験を通じて,クリック効果は表現やセグメントが重要な要因である一方,認知効果は効率の良い媒体選択が表現よりも効果に直結すると主張した。また1997年度に同協会ディジタルメディア委員会が行った実験の報告において,「認知」と「クリック」効果を同一視し,効果全般をクリックに代表させていたのは誤りであったとした [21]。


 この時期の広告業界関係者は,ディスプレイ型広告としてのインターネット広告の認知獲得効果を積極的にアピールし続けるとともに,レスポンス効果は切り離した形で議論しようとする志向が明確になっている。


 またこの頃,「Yahoo! BB」や,「フレッツADSL」などのサービス提供が始まり,一般家庭にもインターネットへの常時接続環境が整い,ブロードバンド接続環境が急速に普及し始めた。安価にインターネットへ常時接続することが可能となったことで,インターネット利用者のWebサイトへの接触頻度は上がり,閲覧時間も長くなった。コンテンツも大容量化が進み,インターネットでの動画コンテンツの視聴が一般的なことになった。


 こうした環境の変化はインターネット広告にも影響を及ぼした。2002年にはBMW社がネットムービーを核とした広告キャンペーンでカンヌ国際広告賞のサイバー部門グランプリを獲得するなど,動画配信技術を活かした動画CMが次々に投入され,広告業界の注目を集めた。


 総務省によるわが国のインターネット利用者に対する2003年の調査では,パソコンから利用するインターネットの用途の第1位は電子メール(57.6%),次いで情報検索(57.4%),ニュース等の情報入手(48.7%),商品・サービス購入(36.8%)となっていた[22]。このように一般のインターネット利用者は,目的志向型の媒体利用スタイルであり,テレビ放送におけるCMとは異なり,閲覧者のアテンションを占有できないインターネット広告はディスプレイ型広告としての限界を露呈しているという指摘も強まっていった。


 新井範子らは2002年に著した「インターネットにおける情報個別提示の有効性」において,バナー広告を「従来のマスメディアの広告の構造をインターネット上に反映した」ものであると指摘した。そして,

 「バナー広告があったとしよう。しかし,いくらページが表示されていても〔中略〕テレビの画面一面に流れるCMとは違い,目的志向性が高く,積極的な情報検索をするWebにおいては,いくらページビューされたとしても,自分の興味のないものに対しては,クリック(誘導)どころか,目に入ること(認知)もないことは容易に想像できる」[23]


と述べている。したがって,偶然目にしたバナー広告に注意が払われることは少なく,動画ストリーミングなどのサービスに,娯楽のためにアクセスしたとしても,それは目的を持って積極的にアクセスしているので,同じことが言えるとしている[23]。


 このように従来のマスメディア広告とインターネット広告とでは,媒体接触者の利用スタイルが大きく異なる。したがって,広告と消費者との関係性も当然異なってくるということが,次第に認識されるようになり,従来の「マス・マーケティング」に対して,インターネットを活用した「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」を実践しようとする動きが盛んになった。


 Web広告研究会は,「Webマーケティング年鑑2003」の中で「メディア構造改革宣言」と題して,メディアはメッセージの伝達手段から,顧客との関係を築く手段になった,と述べ[24],新しい視点でのインターネット広告効果指標の標準化を求めているのも,こうした流れの上にあるものと言える。


 しかしこれも穿った見方をすれば,インターネット広告の実務界の人々が,従来の「インプレッションよりもレスポンス」というビジネス構造から脱して,自分たちが勝負しやすい別の新たな土俵を作ろうと苦心している,と解釈することもできる。


 一方,クリック保証型広告の流れは,より直接的な反応の把握と明確な費用対効果を要求する動きへと広がりをみせた。利用者がインターネット広告を経由した上で,リンク先のWebサイトで商品の購入や会員登録,資料請求を行うなどの成果があった場合にのみ課金される「成果報酬型広告」が登場するようになった。今日の実務では,このようにビジネス上の具体的な成果だけを報酬対象とする方式の広告を「成果報酬型広告」と呼び,「クリック保証型広告」とは区別することが多い。


 また広告を出稿する側が掲載媒体を指定するのではなく,一般のWebサイト運営者が,自分で選択した広告メッセージ付きのリンクを自らの媒体に掲載し,その広告を通じて商品購入などの成果が上がった場合に報酬を受け取るような「アフィリエイト・プログラム」も一定の利用者層を獲得した(6)。


 2004年に実施された総務省の調査では,わが国のインターネット利用者の93.5%が,情報検索や情報収集の最初の手段としてインターネットを利用すると回答した[25]。常時接続環境の普及もあってインターネットはこのように,利用者が具体的な目的を持った上で,「検索」によって求める情報を自ら探しにいくという能動的利用スタイルが一般的となった。広告配信側も,媒体接触者の行動にあわせて広告露出をコントロールすることで,その効率を上げることを志向するようになっていった。


 ECサイトの利用も日常化し,購買に近いタイミングにある消費者との接触が可能であるインターネット広告は,購買に直結するレスポンス広告であるという認識が大勢となり,インターネット広告は販売促進ツールとしての性格を強めていった。SP広告のひとつであるPOP(購買時点)広告は「消費者の購買時点である店頭,店内およびその付属施設に掲出されているあらゆる広告物である」[26]と定義され,店頭での銘柄選択と購買行動を促進するマーケティング活動であるが,インターネット広告もまさにこういった性格を持つと認識されるに至った。


 広告に関わる人たちのこのような認識の変化が,既存のマスメディア広告に対する費用対効果検証の動きを加速するなど,広告活動全体に大きな影響を与え始めた。


 こうした環境変化の中にあって,良い広告スペース,広告枠を確保し,そこにディスプレイ型広告を掲載,露出し,マス,大衆の認知を獲得することをその強みとしてきた,既存の大手広告代理店の動きは鈍かった。その点につき,前述した電通の長澤秀行は先に引用したビジネス雑誌のインタビューにおいて,以下の通り述べている。

 「成果報酬モデルについては,電通グループの戦略として,はっきり言って後れを取りました。テレビにしても新聞にしても,見ていようがいまいが,広告の露出に対して広告主さんからお金を頂ける。ところが成果報酬モデルは,露出してもクリックしなければお金を頂けない。今までのモデルを否定するところがあって,やっぱり積極的に入りづらかった」
 「でも,成果報酬広告のニーズは膨らみ,グーグルモデルは大成功しました。グーグルの立ち上がり期に様子を見ていたことは,『市場を作る』という電通のカルチャーに照らせば反省点。1人の電通マンとしては,早めに突っ込むべきだったなと思っています」[10]


 ここで名前の挙がった「グーグル」は,インターネット利用スタイルの変化と広告主の成果報酬志向に対応し,始めからディスプレイ型広告をビジネスの対象とせず,レスポンス広告に特化したサービスメニューを投入し,インターネット広告の世界観は一新された。

(6)わが国におけるアフェリエイト・プログラム市場規模は,2007年度に697.9億円に達しているとの分析もある。
(株式会社矢野経済研究所,『アフェリエイトサービス市場動向に関する調査結果 2008年版』(2008.1.31),
(http://www.yano.co.jp/press/press.php/330),2009年10月1日取得.)

  • 参考文献

[20]株式会社矢野経済研究所編:『ネット広告市場は1,000億円台でシャンクする!?』,「はじめに」, (2001).
[21]社団法人日本広告主協会 Web広告研究会編:『バナー広告効果実証実験報告書』,pp.100-103, (2001).
[22]総務省 情報通信政策局編:『平成15年 通信利用動向調査報告書 世帯編』,p.52, (2004).
[23]新井範子,北川和裕:『インターネットにおける情報個別提示の有効性 −オントロジーを用いた『意味』によるパーソナライゼーションの展開−』吉田秀雄記念事業財団,pp.14-17, (2003).
[24]社団法人日本広告主協会 Web広告研究会編:『Webマーケティング年鑑2003』インプレス,pp.12-15, (2003).
[25]総務省 情報通信政策局総合政策課情報通信経済室編:『ユビキタスネットワーク社会の国民生活に関する調査 報告書』,p.54, (2004).
[26]清水公一:『広告の理論と戦略(第14版)』創成社,p.191,(2005).
[10]日経BP編:『グーグルに負けない(第2特集 電通が挑むメディア総力戦)』,日経ビジネス,2007年5月14日号,pp.52-53, (2007).



目次および出典