本研究の背景と目的


 2008年1-12月の日本の総広告費は66,926億円,前年比95.3%と5年ぶりの減少となった一方で,インターネット広告費(媒体費および広告制作費)は,前年比116.3%の6,983億円となり,総広告費における構成比も10.4%と遂に1割を超えた[1]。インターネット広告と言えば,Webサイトに看板のような形状の画像を貼り付けた「バナー広告」がその代名詞であった時代から,現在は検索サイトで検索結果に連動して表示される「検索連動型広告」が主流になりつつある。


 その間には,広告用の小さなウィンドウを強制表示する「ポップアップ広告」やテレビと同様の動画広告を配信する「インターネットCM」など,様々な広告スタイルが登場してきた。これらの新しい広告メニューの中には,技術的に可能になったことによって鳴り物入りで登場したものの,結果的には利用者に受容されず衰退していったケースも多くあった。


 インターネット広告は,情報発信側やその受け手のニーズ,あるいは介在する媒体を保有する企業や広告会社のニーズなどに絶えず影響を受け,その姿を日々少しずつ変えており,変化を続けている。言い換えれば,常に社会から影響を受け,社会に影響を与えている。そこでインターネットにおける広告の歴史的変遷を研究することを通じて,インターネットがどのようにして社会に受容されてきたかを検証していきたい。 


インターネットの世界は変化のスピードが速く,そのスピードを,人間の7倍の速さで年をとるとされる犬になぞらえて「ドッグイヤー」と呼んだ時期があった。そう考えると,わずか十数年の歴史しかないインターネット広告であっても,その歴史的変遷を振り返り,改めて検証すべき時期が訪れていると考えられよう。


 わが国におけるインターネット広告は,バナー広告を代表とする「ディスプレイ型広告」が中心となって発展してきた。ディスプレイ型広告とは従来,新聞や雑誌などの紙媒体において,絵や写真を用いて構成されるビジュアルな広告のことをそう呼んだもので,インターネット広告では画像などを利用する広告全般をさすようになった。


 しかしここ数年は,検索サイトで検索キーワードに関連の深い広告を表示させることができる検索連動型広告が急成長を遂げている。検索連動型広告の多くは,広告の表示回数ではなく,広告がクリックされた回数に応じて料金が決まるしくみをとっている。広告主が広告の費用対効果を重視する流れが強まり,検索連動型広告は急成長する一方で,ディスプレイ型広告に投じられる広告費の伸びは鈍化している。


 2008年のインターネット広告媒体費5,373億円の内訳を見ると,検索連動型広告が1,575億円(前年比122.9%)を占める。これは他の広告に比べてかなり高い伸長率であるとともに,インターネット広告全体における検索連動型広告の構成比も29.3%まで上昇してきている[1]。インターネット広告において,検索連動型広告の占める割合が高まりつつあるのは,先進国共通の傾向でもある(1)。


 検索連動型広告は文字だけの表現で構成される場合が多く,ディスプレイ型広告とは対照的なビジュアルであるが,受け手からのレスポンス(問い合わせや注文など)を直接受け付けることを目的とする「レスポンス広告」として,その効果を最大に発揮する点が特徴である。


 詳細は第3節で述べるが,実務界では,従来のマスメディア広告のビジネスモデルを,インターネット広告にも適用しようとし続けてきた。その流れの象徴とも言えるのがディスプレイ型広告である。しかし,先に述べたインターネット広告費の内訳の変化に見られるように,従来主流であったディスプレイ型広告は明らかに衰退の方向にあり,徐々に検索連動型広告のようなレスポンス広告が,社会に受容されつつある。


 このことは,インターネット利用が日常化した今日に至って,いよいよ本来インターネット広告に求められるべきものが明らかになってきた,ととらえることができるのではなかろうか。


 そう考えると,本来インターネット広告は構造的にレスポンス広告であって,ブランドイメージの認知や記憶を目的とする「ブランド広告」のような,ディスプレイ型広告が得意とする領域には適していない,ということを意味するのではなかろうか。


 この仮説をインターネット広告の歴史研究を通じて検証していきたい。またもしそうだとするならば,まさにディスプレイ型広告そのものであるバナー広告は,なぜこれほどまでの普及をみたのか,そこにはどういった社会的背景があったのかを,本稿では論じていく。

(1)一例として,カナダにおけるオンライン広告は,2004年にはディスプレイ型広告が52%,検索連動型広告が30%という構成比であったが,2008年にはそれぞれ31%,38%へと大きく変化している。
IAB Canada,「2008 Actual + 2009 Estimated Canadian Online Advertising Revenue Survey DETAILED REPORT」(2009.7.28),
http://www.iabcanada.com/reports/IABCanada_2008Act2009Budg_CdnOnlineAdRev_FINAL.pdf),p.9,2009年10月1日取得。

  • 参考文献

[1]株式会社電通編:『日本の広告費 2008年』,pp.6-15, (2009).



目次および出典